子どもの目線を追ってみる

子どもの目線を追ってみる

久しぶりに、空き時間に 近所を散歩。
何やら 沼の中を覗き込んでいる
男の子とお母さんを発見!
懐かしく 後ろ姿を眺めていました。

「自分が育ったように無意識に育ててしまう」

発達心理学の授業をとっているとき
目に飛び込んできた言葉。

無自覚だったら、
自分が親にされたように
子どもにもしてしまうのかと
ちょっと恐ろしくなりました。

それで結婚しても
しばらく子どもを持てる気持ちになれませんでした。

ある日、立派に子育てできる自分になるなんて
一生かけても無理だと思い至ります。

と同時に、
「一緒に育てばいいんだ!」と
ひらめきます。

そして 一緒に成長してくれる
賢い魂が やってきてくれました。

赤ちゃんは、
ミルクをあげて、オムツが清潔で、
抱っこをしていれば
機嫌よくしてくれるものと思い込んでいた私。

でも、娘は 機嫌悪く泣いているばかり。
「あやす」ということも知らなかった。

一つひとつ 壁にぶち当たりながら、
子どもって何を考えているんだろう?と
子どもの眼差しの高さまで
身をかがめて、
目線の先を見てみました。

何を見ているか ちっともわからなかったけれど、
ああかな? こうかな?と
トライ&エラーを繰り返すも、
自分のことを投影していることが多く、
反省することばかり。

親としての責任は、
「将来、娘が 社会人として
最悪 一人でも生きていけるようになる。
どんな悪いことが重なっても
<生きること>を選択できるようになる。」
ということだと 自分で定義してました。

でも、具体的な方法は
ちっともわかりません。

育児本に書かれているハウツーは
全部拒絶されましたから。

結局、自分がどんな育て方をされて、
その後、学校や社会で、
どんな価値観で生きてきたのかを
明確にし、
それらの色眼鏡を通して
娘を見ていることを自覚することでした。

そして、
この写真の親子さんのように
時間を共有し、
同じ体験をする中から
共通言語みたいなものが生まれ、
親と子の人間関係ができてきます。

ちょっと先に生まれてきた
人生の先輩として親は、
社会のことを ちょっとは知っているので
そのことは 伝えられます。

そして
その子が 自分で
自分の考えたことを行動してみて、
トライ&エラーを繰り返し、
物事を自分で考えて、決められるように
求められれば 一緒に考えていくことも
親の役得なのだと思います。